「士郎、アーチャーを見かけませんでしたか」

夕食後、後片付けをしている士郎にセイバーは問いかけた。

「アーチャー?いや、俺は見てないぞ」

「そうですか……」

手は止めずに首だけ向けて答える士郎。

返ってきた答えは、あまり参考にはならないものだった。



































Mother,Father,Lover,and Married Knight

   第0話      by楓野









「何か用事だったのか?」

「あ、いえ。退屈だったので話し相手にでもなってもらおうとしたのですが……」

アーチャーがこの家に部屋を持ったのが先月。

それ以来、セイバーはアーチャーと話をしたりチェスをしたりすることが多くなった。

単に昼間はアーチャーくらいしか家にいる人がいないということもあるのだが。

「リンにでも聞いてみることにします」

「ああ」

士郎の短い返答の後、セイバーは凛の部屋に向かおうと足を踏み出す。

「……そうだ、セイバー」

不意に、呼び止める声がする。

「はい?」

セイバーが台所から外に向かいかけた足を止めて士郎に振り返り、

士郎もまた皿を洗う手を止め、振り返って口を開く。

「セイバーは、もう自由だから」

それだけ言うと、また士郎は皿を洗う作業に戻る。

唐突なその一言の真意は掴めないものの、

それでもその言葉は、不思議とセイバーの心を軽くしてくれた。

「シロウ、あなたに感謝を」

皿を洗う手を止めない士郎は、無言。

しかし、ちらりと見える士郎の耳が真っ赤に染まっているのが見て取れたため、

小さく笑みが浮かぶのを感じながら、セイバーは台所を後にした。



「ここにいたのですか、アーチャー」

ようやっと捜し求める姿を見つけて、セイバーが声をかける。

あの後、凛にも尋ねたが『知らない』の一言で済まされた。

家中を駆け回ってようやく探し人を見つけたのは、母屋の屋根の上だった。

屋根の上に腰を下ろし、空に視線を向けていたアーチャーは夜空を眺めていたのだろうか。

ワインレッドの上着に黒いデニムのズボンという出で立ちのアーチャーは、

セイバーの声に気づくと振り返って視線を向ける。

「何か用かね?」

「いえ。少し話し相手になってもらおうと思っただけです。

 邪魔だというのならば外しますが」

「いや、一人でいても飲んだくれて星を見るだけだからな……」

そう言って、アーチャーは再び空に視線を戻す。

隣に座ってもいいかとセイバーが尋ねると、アーチャーは短く肯定の意を示す。

屋根の上を歩き、隣に座ろうとすると彼の左手に小さな台があるのにセイバーは気がついた。

そこには酒と思しきボトルが一本と粗末な軽食、そして液体が注がれたグラスが上に載っている。

「……わざわざ作ったのですか?」

「倉庫の中に転がっていた廃材を利用した。昔取った杵柄だな」

士郎は学校で色々な物の修理を手がけている。

同じ存在であるアーチャーも同じことをしていたのなら、簡単なことだろう。

手で触ってみると、屋根の形状に合わせて土台となる部分が削られており、

少し触っただけではびくともしないことが判る。

「……星が、好きなのですか」

士郎にはそのような趣味はなかったはずだが、とセイバーは心中で一人ごちる。

「そうでもない、が……」

そこで一度言葉を切り、アーチャーはグラスを手に取った。

「たまには、星でも見ながら飲みたくなることもある」

そう言って、アーチャーはグラスの中身を喉の奥へと流し込んでいく。

不意に訪れる、長い無言。

「……飲むかね?」

差し出されたアーチャーの手の中には、真新しいグラスがあった。

だが、服にそれを仕込めそうなところはない。

となると――

「投影ですか」

「武器以外は専門外だがね。こういう時には役に立つ」

「……いただきましょう」

セイバーがグラスを受け取ると、アーチャーがボトルから琥珀色の液体を注ぐ。

アーチャーのグラスも空になっていたので、今度はセイバーが返杯とばかりに酒を注ぐ。

……日常生活に役に立つ魔術というのは珍しいのではないだろうか。

「……誰かに、何か言われたのか」

しばらく杯を傾けていると、不意にアーチャーが話し相手に顔を向ける。

「……何故です」

「随分と杯が進んでいるようだが?」

言われてみれば、セイバーはすでに一杯目を空にしている。

普段はそもそも酒など飲まないし、飲んだとしてもそれほどペースは速くない。

むしろ凛や士郎の方が早い位だ。

では、何が原因かというと――

「シロウに、少し妙なことを」

「ほう?セクハラ発言でもされたかね」

「斬られたいのですか」

アーチャーが苦笑して謝り、差し出すボトルから二杯目が注がれる。

それに軽く口をつけて、セイバーは先程の士郎の発言を思い返す。

「『私はもう自由だ』――そのようなことを」

「……ふむ」

「どうでしょう?貴方ならその意図が判りませんか」

「あまり奴と私を同じ存在だと考えないでほしいのだがね……」

そう言いつつも、顎に手を当ててアーチャーは考え込み始める。

ゆっくりと三口ほどセイバーが杯に口をつけた頃、アーチャーはまた苦笑して顔を上げた。

「――なるほど。奴にしては気の利いたことをいう」

そう言って、さも可笑しそうにくつくつと喉を鳴らして笑う。

「いかにも未熟な奴らしい青春という青臭く胸がむず痒くなるような概念を、

 直球で投げ込んではいるが、言いたい事はわかった。不本意だが」

「つまり、どういうことですか」

アーチャーの持って回った言い方がセイバーには少し気に障る。

そして、いつものシニカルな笑みを浮かべてアーチャーが口を開く。

「奴はこう言いたいのだろう。

 『君が何をしようと、それこそ誰かと恋愛しようと自由だ』とな」

セイバーの頭は、彼のその言葉を瞬時に噛み砕くことができなかった。

十秒経ち、二十秒経ち、三十秒が経過したあたりでようやく理解して飲み込む。

「な、な、な、なぁーーーーーーっ!!?」

飲み込むと同時に、セイバーの頭は一瞬にして沸騰した。

「わ、私はシロウの盾となることを誓った身です!

 れ、恋愛などにうつつを抜かす暇は――!!」

「そこだ。もはや聖杯戦争は終わりを告げ、奴が危機に晒される事はない。

 ならば、君には盾ではなく人として過ごしてもらいたいということなのだろう」

「シ、シロウ……!!」

感謝するのではなかったと今更ながらに後悔するセイバー。

「まあ、この件に関しては非常に遺憾ながら私も奴と同意見だがね」

「あなたまでですか……!!」

シニカルな笑みが今までになくセイバーの気に障る。

苛立ちを抑えようと手にしたグラスを一気にあおったが、

飲み下したはずのアルコールが変な場所に入ってしまい、咳き込み始める。

「なにをやっているのだね、君は」

そう言いながらアーチャーはセイバーの背中を優しくさすり始めた。

セイバーはというと、喋りたいのだが口を開けば咳が出るような状態。

これではしばらく喋れまい。

「……君は衛宮士郎の盾としてアイツを守り抜いた。

 他でもない聖杯が、奴を勝者と認めたのだからな」

トーンの落とされた、アーチャーの声が告げる。

それは、推測でもなんでもない、純然たる事実。

セイバーという英霊が衛宮士郎と共に今、存在しているということは、

それはすなわちセイバーが盾として最後まで衛宮士郎を守り通したということ。

「――君の役目は、もう果たされた」

セイバーの背から手を離し、咳が収まったのを見計らって、

ゆっくりとした口調でアーチャーは真っ直ぐに告げた。

だが、その言葉を受け取ったセイバーの表情は、晴れない。

膝を抱え、視線を足元に彷徨わせたセイバーが、ポツリと呟く。

「……私は、還るべきなのでしょうか」

在るべき場所へ、本来の居場所へ。

それは本来、自然なことなのだろう。

「確かにそうかもしれん」

肯定するアーチャーの低い声。

だが、アーチャー自身は首を横に振って否定する。

「君だけではない、敗者である私たちも皆還るべきなのだろう。

 だが、今はまだいいのではないかと思っている」

いつの間にか空になっていたグラスに、アーチャーは手酌で酒を注ぐ。

元々それほど多くなかったビンの中身は、それで空になってしまった。

「柄ではないが、これは休暇だと思っている。

 特別でない日々を楽しみ、騒ぎが起これば絶叫し、悲しい事が起これば涙する。

 そんな人間らしい休暇を、私たちは与えられたのだと」

そこで、アーチャーは笑顔を見せた。

いつものシニカルな笑みではなく、どこか吹っ切れた意気揚々とした笑みを。

「だから、オレは未だここにいる。

 奇跡のようなこの休暇を、全力で楽しむことにしたよ」

顔を上げたセイバーが見たその顔は、まるで何かを吹っ切った少年のようで。

セイバーの脳裏に、普段は気づかない事実を喚起させる。

「……シロウ……?」

意識せずに口走った言葉にハッとして、セイバーは口を押さえた。

その時には、もうアーチャーの顔は仏頂面に戻ってしまっている。

「……セイバー、私と奴を一緒にしないでくれと何度言ったら……」

「す、すみません。ただ、その……」

段々と動悸が激しくなる自分に、セイバーは顔を赤らめる。

「先程の表情は……その、とても素敵……でした」

数十秒の間を置いて、やっと、それだけ口にした。

言われたアーチャーも若干ながら顔を赤らめ、同じように顔を赤くするセイバーから視線をそらす。

「……まあ、なんだ。私がどう考えようとマスター達は私たちを還しはしないだろうしな」

故意にぶっきらぼうな口調を装ってアーチャーが言う。

だがその顔は未だ赤く、内心では思春期でもあるまいにと自らを叱咤する。

お互い顔を赤くしたまま、奇妙な沈黙が周囲を包む。

数分もそのままお互い黙り込んだ後、不意にアーチャーが口を開く。

「ああ……その、あれだ。真面目な話をしたら腹が減らないか」

「そ、そうですね。少し小腹が空いた気がします」

あからさまに空気を変えようとするアーチャーだったが、セイバーもそれに飛びつく。

だが、二人とも微妙に棒読みだったり早口だったりするのでぎこちなさは拭い切れなかった。

「ま、真面目な話をするのは、かれこれどれくらいでしょうか」

「さ……最近は、ネタにまみれた生活だったからな」

なんとか普通の会話をしようとするも、視線を合わせないどころか、

お互いを視界に入れまいと別の方向を見ているために上手くいかない。

そしてまた訪れる沈黙。

「…………」

「…………」

気まずい。

なにかこう胸がくすぐったくなるような気がして、いたたまれない。

アーチャーは立ち上がった。

「その、お互い冷静ではないようだ。

 先に下りて何か作っておくから、君は、しばらくしたら降りてきてくれ」

「わ、わかりました……」

いつもよりも何割か増しの早口で言うアーチャーに、セイバーはぎこちなく頷く。

視線は一度も合わせぬまま、自分のグラスと空になったボトルを手に、

アーチャーは屋根からほとんど逃げるように下りていった。

少しして、何かを炒める鍋の音がかすかにセイバーの耳に届く。

降りる時に平静を装うために頭を冷やそうと試みる。

しかし、冷やそうとすればするほど動悸は激しくなって止まらない。

必死に別のことを考えてはみるものの、

何かの弾みで先刻のアーチャーの横顔を思い出しては一気に顔が赤くなる。

一方のアーチャーも精神を統一するかのように一心不乱に中華なべを振るうのだが、

不意にセイバーの言葉を思い出してはそのリズムが途切れてしまう。

不器用なところが似ている二人だが、こんな所まで似ていたらしい。

結局、しばらくしてセイバーが降りてきた際、

アーチャーと顔を合わせたとたんに、二人とも顔を赤くしてしまい、

他の住人に奇妙な目で見られることになるのであった。



――でも、二人の距離がちょっとずつ近づき始めたのは、たぶん、この日がきっかけ。







あとがき


MFLMKの始まりとなる話。

まあこの後時間をかけて二人は親しくなるんでしょう、多分。


珍しく笑いの要素がほとんどない話でしたが、どうでしょう。

シリアスは書きやすいのでまあいいんですが、後半のラブコメ的な部分はある意味冒険です。


だって、ラブコメ書いたことないし。


ラブラブ状態を書くのは割と楽しいのですが、そこに至る過程を書くのは難しいです。

特に不器用なセイバーとアーチャーなので難しさ倍増。

キャラ違ってる気もしますが、酒が入ってるせいだと割り切ってください(ォィ)。


次の外伝は、ギルを主役にした短編。

ギルがどう折り合いをつけるのかを書く予定です。




それでは、次回もヨロシク仮面!!



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