―――平和な光景と、騒がしい日常。

―――だけど、それこそが。

―――きっと、俺達の『幸福』なんだ。


「すまんが、この子を預かってくれんか?並行世界の君らの娘なのだが」

『宝石翁キタ―――(゚∀゚)―――!?』


―――騒動の神は確実に降りてきてるみたいだけど。

































Mother,Father,Lover,and Married Knight

   外伝その3 『アナザードーター』      by楓野









「えー……」

いきなり現れた宝石翁とその連れにとりあえずお茶をお出しして。

みんなで卓袱台を囲んで、代表して俺が口を開く。

「魔導元帥閣下がなぜこのようなところに?」

「デーモン小暮のような呼び方はやめてくれんかね」

見た目は完璧な外国の老人なのに、これまた完璧な姿勢で正座するゼルレッチ翁。

意外とお茶目なじいさんのようだ。

「さきほども言ったが、この娘を預かって欲しくてな」

言ってゼルレッチ翁は、隣に座っていた女の子の背中を軽く叩いた。

「えっと、衛宮 弓美です」

女の子――弓美はぺこりと俺たちに向かって一礼する。

年の頃なら十歳前後だろうか。

赤い髪をセミロングくらいまで伸ばし、頭のてっぺんから飛び出た一房の髪。

顔立ちは少し中性的で、どちらかというとまだ俺に似ているが、

凛とした顔立ちからはどこか大人びたものを感じる。

何かスポーツでもやっていたのか、発展途上ながらも体つきはしっかりしているようだ。

「先ほども言ったが、この娘は並行世界のセイバー・アーチャー夫妻の娘だ。

 こことは時間の流れに十年ほどのズレがある世界のな」

「それってつまり……」

遠坂が口に出しかけた疑問を読み取ったか、ゼルレッチ翁は一つうなずく。

「そこにいる由乃……であったか。その子の同位体ということだ」

そう言われて、皆で由乃とその同位体という弓美を交互に見つめる。

由乃はなんら気にせずセイバーに抱かれて眠り続け、

弓美もまた特に変わることなくお茶を啜っていた。

「それで……何故、弓美をここに?」

腕組みをしたアーチャーが尋ねると、ゼルレッチ翁はため息を一つ吐き、

茶を一口飲んで重々しく口を開いた。

「……その子のいた世界はこことほとんど変わらん。

 ただ、幾つかの差異のうち、一つは世界の存亡を左右するものだった。

 大聖杯――向こうの世界ではそれが残っていた」

その言葉に、皆が目を見開く。

この世界ではもはや破壊された大聖杯。

それが、向こうの世界では壊されることなく残っていたというのか。

「そして、唐突に大聖杯は泥を吐き出し始めた。

 理由はわからん。私があの世界に行った時にはもはやそれを知る者はいなかった故な。

 当然のごとく……泥は世界を飲み込みつくした」

「……そんな……」

桜が悲しそうに目を伏せる。

「私は、ほぼ壊滅状態であったその世界に降り立った。

 本来ならば私が無闇に動くのは好ましくないのだが、何か見つかるやもしれんと思ってな。

 ……そこで、我が系譜の者――遠坂を見つけたのだ」

皆の視線が遠坂に集中する。

「……私?」

「そう、君だ。年齢は君より十ほど上だが」

遠坂はと、呆気に取られたような顔をして自分の顔を指差していた。

「君と、もう一人……そう、そこの少年だな」

「俺!?」

今度は俺が慌てる番だった。

というか俺は十年経ってもこの冬木にいたんだろうか。

……たまたま帰ってただけだと思いたい。

「君たち二人は、満身創痍になりながらも必死にこの子を護っていた。

 動かぬ腕で泥を切り払い、焼き切れた魔力回路で結界を張り、

 ただひたすら、この子を地獄に堕としてなるものかとその想いのみでな――」

「俺たちが……ですか」

俺の言葉に翁は大きく頷いた。

まるで英雄譚を語るかのごとき口調で、翁は先を続ける。

「――サーヴァントたちは真っ先に泥に挑み、

 長く泥をせき止めたがとうとう帰らなかったそうだ。

 私は彼らに少しの、ほんの少しの手助けをして望みを聞いた。

 そして彼らはこう言ったのだ。

 『世界の滅びが避けられないなら、この子だけでも生かしてくれ』と」

皆が沈黙に包まれる中、俺は弓美の顔を覗き見た。

弓美は今にも泣きそうな顔をしながら、それでも涙は一つもこぼさずに、

湯飲みを両手で抱えたまま、ただじっと動かなかった。

「私は、彼らの願いを聞き届けた。

 死んだように眠るこの子を抱え上げ、必ず平和な世界に送り届けると約束した。

 この子はセイバー・アーチャー夫妻の娘。

 ならば二人が結ばれた世界がよかろうと考え、ここに来たというわけだ」

別世界の最期をそう締めくくり、翁は茶を飲み干した。

だが、口を開く者はいなかった。

いや、開ける者がいなかった。

「……無理にとは言わん。君たちにも事情があろう。

 断られればまた別の世界を探すまで」

言いながら、翁は立ち上がる。

「しばらく席を外す。その間に話し合って決めてくれ」

「いえ、話し合う必要はありません」

翁が障子に手をかけると同時に、凛としたセイバーの声が響き渡った。

「士郎、よろしいですね」

「ああ」

セイバーの問いに俺は頷いた。

あんな話を聞いた後で断るなんて俺にはできない。

皆も、同じ気持ちだろう。

そしてセイバーは今度は弓美に顔を向ける。

「弓美、貴方は今日から私とアーチャーの娘だ。

 貴方の実の両親には至らないかも知れないが、どうか私たちを親と認めて欲しい」

「見ての通り、まだ親にはなりたてだが……。

 それでもよければ、私達と共に暮らさないか」

セイバーとアーチャーがそれぞれに言った後、弓美に笑いかける。

だが弓美は、呆然としたまま返事もしない。

「――ダメか?」

アーチャーの問いかけに、弓美は取れてしまうんじゃないかと思うほどに首を振った。

「おんなじっ――!」

震えた声。

「おんなじだったからっ――!」

弓美の目から、涙が零れる。

「私のお父さんとお母さんとっ――!」

喉を詰まらせ、それでも弓美が言葉を吐き出す。

「おんなじだったからっ――!」

そして。

「うっ」

堤防が、決壊する。

「うっ」

両親の死に様を聞いてなお涙を流さなかった少女が。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」


生まれたての子供のように、ぼろぼろと涙を零して泣き出した。

とどまることを知らない滝のように涙は流れ、

喉は張り裂けんばかりに泣き声を上げる。

その姿をみて、ようやくこの子は年相応の子供なんだと実感した。

セイバーとアーチャーは弓美に歩み寄り、その傍らに膝をついた。

「大丈夫です。私たちは世界が違っても、きっと貴方を愛します」

「私達は君の親だからな」

セイバーは由乃と弓美を包み込むように抱きしめ、アーチャーが弓美の頭を優しくなでる。

その光景は弓美が泣き止むまで続き、弓美が泣き止んだのは十分ほど経ってからだった。

「宝石翁ゼルレッチ=シュバインオーグ。我が娘弓美、確かに受け取った」

「うむ」

アーチャーが由乃を抱えたセイバーと、まだ時々しゃくりあげる弓美の肩を抱いた。

その隣で、大きく息を吐くゼルレッチ翁。

「これで、約束は果たしたか……二十一の世界を回ってようやく……」

『にじゅういち?』

ゼルレッチ翁の呟きに、全員の疑問の声がぴったり重なった。

「うむ、実はここは二十二番目に訪れた世界でな。

 他の世界は取り込み中で、話すら聞いてもらえん状況だった」

「……他のところは大変なんですね」

桜がしみじみと呟いた。

それに大きく頷くゼルレッチ翁。

「私も長年いろいろなものを見てきたが、あれほどのものは初めてだ。

 包丁や調理器具など序の口、宝具や金色の英雄が乱れ飛ぶ修羅場など見たことがない」

「……何が原因なんだ、それ」

思わず呟く。

「断片的にしか聞いておらんが……アーチャーが浮気をしたとか何とか」


ぴしっ。


周辺の空気が、ライダーの魔眼を上回る勢いで石化してゆく。

「ア〜〜〜チャ〜〜〜……」

地の底から響くような極上の恐怖をもたらす声。

ギギギギと音がしそうな油の切れた人形の動きでセイバーが振り返る。

目がどんよりと黄色く光り、口は耳元まで三日月状に裂けたワラキア顔で。

それを見たアーチャーは肩を抱く手を戻し、脂汗を流し始めた。

「浮気とはどういうことですか……」

ユラリ、と幽鬼のごとくセイバーが立ち上がる。

「ちちちちち違う!!私は違うぞ、セイバー!」

尻餅をついたまま壁際まで後ずさるアーチャー。

そして止めもせずに見守るその他一同。

「貴方は私に不満でもあるのですか……」

「うむ、欲を言えば胸が少々……って違う!ない!ないぞ!」

「ほほう……私に胸がないといいますか……」

弓美に由乃を預け、セイバーはぺたりぺたりとアーチャーに歩み寄る。

「だだだから違う!私は君に不満などないし浮気などしようとも思わん!」

「しかし悪い芽は早めに摘み取らなくてはなりませんから……」

必死に弁解しようとするアーチャーだが、セイバーはその手にエクスカリバーを呼び出す。

ちなみに、セイバーを止めないのはアーチャーが悪いからではなく単純に止められないためである。

さすがに夫婦喧嘩のとばっちりで死にたくはない。

「浮気など微塵も考えぬようしっかりと調教してあげましょう……!」

「どこでそんな言葉を覚えたのだねセイバーーーーー!?」

絶叫するアーチャーを尻目に、由乃を抱えた弓美はちょこちょこと俺の側にやってきていた。

「……怖くないのか、アレ」

「ううん。だって、お母さんがお父さんと喧嘩するとあんな感じだったし」

「どこも一緒か……」

慣れって恐ろしい。

約束されたエクス――」

セイバーが光り輝く剣を振りかぶる。

「――カカア天下カリバァァァァァァァ!!!」

「ギャァァァァァァーーーーーーーーーーー!!!」

何気に新しい宝具でアーチャーがボッコボッコにされている中。

俺たちは、何食わぬふりをしてただ黙って茶を啜るのだった。

……アーチャーのご冥福をお祈りいたします、まる。



――で、アーチャーへのセイバー曰く『調教』が終わったところで、

ゼルレッチ翁は、アーチャーに黙祷を捧げて、また別の世界へと旅立っていった。

『彼が気づいたら謝っておいてくれ』とは翁の伝言である。

まあ今回はかつてないほど理不尽にボコられたからなぁ……。

壁際には、未だ気絶中のアーチャーが顔をボッコボコに腫らしてぶっ倒れているのであります。

セイバーは、すっかり元に戻って由乃を弓美に紹介していたりする。

弓美は一人っ子だったそうなので、年下の由乃は嬉しいだろう。

ついでに、その上には親父が飛んでいる。

驚かないところを見ると、向こうの世界にも親父はいたらしい。

「ところで弓美、向こうの私たちってどんなだったわけ?」

遠坂が不意にそんなことを言い出した。

「どんなって……普通だよ?ちょっと歳は違うけど」

十年をちょっとと言いきるか。

「そうね、士郎はどんな感じ?」

「シロにい?」

俺を指差す遠坂に、可愛らしく首を傾げる弓美。

ってちょっとまて、なんだその呼び名は。

「ぷっ!」

吹き出すな皆して!

「なあ弓美、そのシロにいってなんだ?」

「だって、シロウにいって言いにくいんだもん。だからシロ兄ぃ」

……確かに言いにくいけど、なんかどっかの犬っぽいぞ、それ。

「えーっとね、シロにいは色んなとこに行ってて時々帰ってきたよ。

 なんか珍しいお土産いっぱいくれたー」

ってことは世界中飛び回ってるってことか?

「それでね、色んなとこでいろんな人のお手伝いいっぱいしてたんだって」

あー、それってようするに。

「正義の味方?」

「うん!」

満面の笑顔で言い切る弓美。

よかった……向こうの俺、ちゃんとやってたんだな……。

「でも、お父さんに聞いたらぷーたろーって言ってた」

「ぐはっ!!」

……子供って、時々残酷だよね。

つーか弓美に何吹き込んでんだ向こうのアーチャー。

「っくくくくく……」

「笑うなよ、遠坂」

「あはは。ごめんごめん」

といいつつ、顔は完璧に笑っている。

「では、私はどうだったのでしょう?」

今度はライダーが弓美に尋ねる。

「ライねえは……」

なんとなく、弓美の俺たちに対する呼称のパターンが見えてきた。

「……なんか、本読んでるとこしか見たことない」

「今と変わらずですか」

「あと、お酒飲んで寝てた」

「…………」

ライダーが困ったような顔になった。

というか、ダメになってないか今より。

「じゃあ、私はどうですか?」

桜が自分の顔を指差しながら尋ねる。

世界が違うとはいえ自分の十年後にワクワクしているのか、この上ない笑顔だ。

「桜ねえは……」

弓美が自分の顎に人差し指を当てて考え込む。

その表情がだんだん難しいものになり、ついには曇ってきたのは何故だろう。

「桜ねえは……生きてればいいことあるよ、たぶん……

「……え」

硬直する桜。

よく見ると、弓美は桜と目線をあわせようとしない。

くるくるとよく変わる表情も、一変して無表情になってしまっている。

「うん、きっといいことあるから……だから頑張って……」

「ちょ、私ホントにどうなってるんですか向こうの私ー!?」

がくがくと弓美の肩を揺する桜だが、弓美は『あはははは』と乾いた笑いを漏らすばかり。

……ホント、どうなってたんだ向こうの桜。

と、遠坂がパンパンと手を叩く。

「はいはい、日陰桜は置いといて」

「ひどいです、姉さん」

「私は、どうなってたの?」

ついに遠坂の十年後か。

「凛ねえはねー、シロにいとかお父さんとかガンドでよく撃ってた」

「何やってんのよ私!!」

それが第一に出てくるってどうよ。

つーかやってることが変わらん。

よく弓美に嫌われなかったな、遠坂。

「――あ、そうだ」

ふとある人を思い出す。

この人は聞いておかなきゃならんだろう。

「弓美、藤ねえわかるか?」

「うん、わかる。たまにご飯食べに来た」

さすが藤ねえ、やってることが変わらん。

まあ、聞いても何も変わってないかもしれないけど……。

「藤ねえはどうなってたんだ?」

「ケッコンしたよー」















間。















『なにーーーーーーーー!?』


驚天動地の大事実。

いや、十年経って結婚してなきゃちょっと困るけどさ!

「相手は!?相手は誰!?」

ムチャクチャ動揺している遠坂および他一同。

気持ちはわかる。

「よくわかんない。あんまり会ったことないもん」

肝心なとこなんだが、そこ。

藤ねえを嫁に取ろうと思う人間なんて零観さんくらいしか思いつかないんだが。

「し、信じられません……」

「ほんとだよー」

首を捻るセイバーと、頬を膨らませる弓美。

いや、俺だって信じられないけど。

後数年したらわかるんだろうか。

なんともまあ、向こうの世界は凄い事になっていたようだ。

「親父……は幽霊だから変わらないだろうし」

「うん、いつもふわふわしてた」

やっぱり。

「イリヤはどうだい?」

これは親父。

やっぱ娘の成長は気になるか。

といっても、イリヤはホムンクルスらしいから成長はしないと思うけど。

「イリねえ、たまに野菜いっぱい持ってきてくれた」

「野菜?」

「バーサーカーのおじさんがたくさん作るから」

郊外の森農場計画は成功したらしい。

今でも毎日畑を耕してるし、十年あれば収穫できるようにもなるか。

……しかし。

「十年も経つと、変わるもんだな……」

「でも、変わらないものもあるよー」

弓美がにこにこと俺の言葉に答える。

「誰?」

「ううん、人じゃないよ」

ぽんぽん、と弓美が畳を叩いた。

それで遠坂や桜はピンときたのか、軽く頷く。

「そうね。それは変わらないか」

「ええ、変わりませんね」

遠坂と桜の言葉に、でしょ?と弓美が笑う。

「なんだよ?」

「わかんないの?シロにい」

そう言って、弓美は立ち上がる。

そして、ぴっと人差し指で地面を指した。

いや、指したのは地面じゃなくて――

「この家!」

「なるほど」

確かに、家は変わらない。

俺がいなくても、セイバーやアーチャーはここにいて、

弓美はずっとこの家で育ってきたんだろう。

だから、真っ先に気づいたのだ。

自分が育ってきた家と、俺たちがいるこの家が、全然変わっていない事に。

「弓美」

「なに?」

「この家、好きか?」

「うん!!」

俺の問いに、弓美は太陽のような笑顔で頷いた。

辛い事の後には、幸せが待っていると信じたい。

でなきゃ、報われないから。

弓美を護って戦った奴らが、報われないから。

だから。



――だから今度こそ。幸せな未来ハッピーエンドへ。









あとがき


というわけで弓美ちん登場+ゼルレッチ降臨。

あれー、ギャグ書いてたつもりなのになんかしんみりしてるよー?

あと、ゼルレッチの喋り方がよくわかりません。


弓美・由乃の名前でピンと来る方もいるかと思いますが、マジで偶然です。

由乃は意味から、弓美は読み方から考えたらいつの間にかかぶってました。

変えるかとも考えたのですが、変えるとアチャセイの娘だとわかり辛くなるので強行。


ついでにお遊び宝具の紹介。

約束されたカカア天下エクスカリバー』 レンジ:対人 ランク:不明

セイバーが結婚すると同時に身に着けた宝具。

威力こそ大幅に下がっているものの、恐ろしいのは『夫』の属性を持つ者に対する調伏効果。

使い続ければ夫を完全に奴隷化することも可能。

なお、斬るのではなく殴る宝具であり、決してトドメを刺すことはない『不殺』の宝具。


――以上、全てギャグです。


次は弓美が来てから5年後の話。

ようやく由乃が言葉をしゃべりますw


それでは、今後ともヨロシク!!



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