――三咲町、志貴視点。


「……少年」

どうやら、もう夜は明けて朝が来ているらしい。

「……起きるのだ、少年」

耳元で、やけにダンディな魅惑の低音ボイスが俺を起こそうとしている。

……低音?

「起きるのだ、少年。貴様を起こしに鋼鉄メイドがもう来ているぞ」

翡翠の声にしてはやけに低いし、言ってる事もなんかおかしい。

翡翠、風邪でもひいて調子が悪いんだろうか。

――ってそれですむことじゃないだろ!

がば、と一気に体を起こした。

いつものように眼鏡をかけて、顔を横に向けてみるとそこには。

「ぐっもーにん、少年。朝食はキャットフードをウェルダンで所望する」

なんか黒っぽくて正体不明なナマモノが鎮座してやがりました。



































A NECO COMES!

          by楓野









ナマモノは人様の部屋だというのにタバコをぷかぷかとふかしている。

「し、志貴さま……その珍妙なものは一体……」

ベッド横でナマモノに恐れ戦いている翡翠。

ということはこれは翡翠がつれてきたわけじゃないってことだ。

「いや、俺にもよくわからない」

「にゃにをいうか少年。この身は貴様から生まれ出でたものだというのに」

「はあ!?」

一体いつの間に!?

えーと、翡翠さんお願いですから引かないでください。

まかり間違ってもこんなもの孕んだ覚えはないし、そもそも俺は男だし。

「お前、一体何モノだ!?」

「にゅっふっふっふっふ……」

そいつは口元をまんまるな手で隠して含み笑いを始めた。

俺は警戒態勢に入り、翡翠はその足を一歩下がらせる。


「我輩はネコアルク・カオス!

 かの真祖の姫君と今は滅びた混沌がケミカル配合されて生まれた猫なり!」


ばばーんと、効果音が鳴りそうな荘厳な声で告げるネコアルク・カオス。

というか真祖の姫君ってのはアルクェイドの奴で、滅びた混沌……ネロか!?

「少年。貴様は、我が大元たる混沌の一部を体に宿したことがあったにゃ?」

ネロを倒したとき、俺の体を直すために使った混沌のことを言っているのか。

今まで何の影響もなかったからすっかり忘れていた。

「そして、貴様は何度も真祖の姫君の一部を取り込んだ」

確かにアルクェイドとはまあそのごにょごにょして色々飲んだり飲ませたり注いだりしてるけど。

しかしそれが一体何だって言うんだ?

「定量を超えた姫君の一部と、貴様の体に宿った混沌がおもしろ反応を起こし、

 貴様の体の中で古漬けのごとく熟成され、そして昨夜ようやく完成したのが私にゃのだよ、明智クン」

な、ナンダッテーーー!?

俺の体の中で一体どういう反応が起こったのかすごく気になる。

「まあそういうわけだ。しばらく厄介ににゃるぞマイファザー」

「ならせるかーーー!!」

ストレートパンチ一閃。

拳が言葉どおり顔面にめり込んだネコアルク・カオス――面倒なので以後カオスと呼ぼう――は、

ドラゴンボールみたいに直線で吹っ飛んでいき、壁に激突してべちゃっ、と顔から床に落っこちた。

「いきなり何をするかねマイファザー」

「うるせえ」

手元に七つ夜がないのが悔やまれる。

こんなことなら枕元に常に置いておくんだった。

「そうか。ファザー、ではなくマザー、と呼んで欲しかったのかねマイマザー」

「寝てろっ!!」

手元にあった枕を投擲。

「ごみゃ!?」

顔面にバッチリヒット。

拳がめり込んでも平気だったくせに、柔らかい枕の一撃でカオスはあっさり気絶した。

「翡翠、リュックサック持ってきてくれないか。アレがすっぽり入るくらいの。

 あと、持ってきたら少し手伝って欲しい」

「かしこまりました」

一礼して、翡翠はリュックサックを探しに行った。

さて、その間にアレをシーツでぐるぐる巻きにしておこう……。



カオスの体をシーツでぐるぐる巻きにして、

ついでに着替えも済ませたところで翡翠がリュックサックを手に戻ってきた。

シーツで巻き寿司にされたカオスは、蓑虫の出来損ないみたいな外見になっている。

ついでに、どうやら目も覚めたらしく。

「うおおおお!?なぜ私はリュックサックに詰め込まれかけているのだ!?」

「翡翠、リュックサックの口広げてくれ!」

「はい!」

ムチャクチャ抵抗するカオスを力ずくでリュックサックに詰め込むハメになったのだ。

「虐待か!?虐待にゃのか!?今世間で社会問題になっている動物虐待というやつにゃのか!?」

「黙って入れ!」

「あなたへ、袋詰めです」

ジタバタしながら叫びまくるカオス。

うるさい上に頭が引っかかってうまくリュックサックに入らない。

「志貴さま、頭から入れてみてはいかがでしょう」

「それだ、翡翠!」

ぐるぐる巻きになっているのだから、頭から入れれば抵抗できないに違いない。

カオスをひっくり返して、頭を下に持ちかえる。

その時、カオスの顔がぐるんと横を向いた。

「あちっ!?」

「志貴さま!?」

いつの間にかカオスがくわえていたタバコの火が、左腕に当たった。

左手首を軽く焼かれ、とっさに手を離してしまう。

「さらばっ!」

空中で巨大な昆虫の足が体から出現し、シーツを切り裂く。

そのままカオスは扉を体当たりで強引に開けて、短い足に似合わぬ速さで走り去っていく。

「志貴さま、火傷を!」

「大したことない!それより、アイツを追うんだ!

 何かやらかす前につかまえないと!」

「はい!」

どうやらカオスは居間の方向に向かったらしい。

俺と翡翠は、カオスの後を追って走り出した。



その後。

秋葉と琥珀さん、レンまで巻き込んで家中カオスを追って走り回り、

ようやく捕まえたのはもう昼食時になろうかという頃だった。

「に……兄さん……確かに捕まえました……」

「よくやってくれた、秋葉!」

ぜーぜーと荒い息を吐く秋葉の伸びた髪にガッチリホールドされているのは紛れもなくカオス。

「んー、なにか私の表面からどんどんと熱が奪われている気がするんだが?」

「秋葉さまが消費したカロリーをあなたから吸収していますからー」

琥珀さんがなんか楽しそうなのは気のせいだろうか。

ちょうどいいので、このままリュックに詰め込むことにする。

「猫を袋詰めにするのは色々問題があると思うんだがマイアント?」


「誰が叔母ですかっ!!」


秋葉の怒りに呼応して、カオスから一気に熱が奪われた。

カラッカラの干物みたいになったカオスをリュックサックに難なく詰め込む。

リュックサックの中で痙攣しているっぽいが、どうせ死にゃしないのでそのまま蓋を閉めた。

「それじゃ、アルクェイドのところへいってくるよ」

「はい、いってらっしゃいませー」

「絶対に持って帰って来ないでくださいね、兄さん」

琥珀さんと秋葉を後に、見送りをする翡翠と、一緒に行くというレンと一緒に門へと向かった。



「というわけで何とかしてくれ」

「無理」

アルクェイドの部屋に着いてカオスを見せるなりそれだった。

「混沌が混ざってるんでしょ?そんなのどうしようもないわよ」

「といっても、こっちも困ってるんだよ」

二人の視線の先には、すっかり元に戻ってタバコをふかすカオス。

やっぱり死にやしなかった。

とりあえずレンが煙を嫌がっているので、タバコは止めてもらいたい。

「とりあえず退治するとか何とかできないか?」

「だから無理なのよ。いい?」

困り顔でアルクェイドは大きく腕を振りかぶる。

そして。

「えいっ!!」

「に゛ゃろめっ!?」

目にも映らないスピードで、その腕がカオスの頭へと振り下ろされた。

丸っこい頭が楕円になり、身長が半分くらいに縮まるほど強烈な一撃。

「いきなり何をするのだね姫君?あれか、ちょっと前衛的なSMプレェイなのか!?」

それにも拘らず、カオスは一瞬で元に戻るとアルクェイドに向かってわめき散らす。

「今、私けっこう本気でやったのよ。なのにピンピンしてる。

 多分、志貴の眼でも何も見えないはずよ」

確認のために眼鏡を外してカオスを見てみれば、言われたとおり線も点も全く見えない。

アルクェイドですらうっすらと線が見えるというのに。

「これをどうにかしようとしたら、大気圏外まで飛ばすくらいしかないんじゃないかな」

「そんな無茶な」

やっぱりNASAに頼むしかないんだろうか。

いや、MIBに引き渡すという手もあるが、下手すれば国が一つ壊滅しかねない。

「……こんなんの引き取り手なんていないよな、やっぱり」

「こんなんとは失礼だな少年。我輩、ハリウッド進出と騙されて巨大ロボと戦う羽目になったこともあるのだが」

いや、自慢にならない。

「……あ」

難しい顔をしていたアルクェイドが、唐突に何か閃いた顔になって手を打つ。

そしてそのまま、電話のダイヤルを押して電話をかけ始めた。

「どこにかけるんだ?」

「んー?シエルのとこ……あ、シエル?あの冬木の聖杯戦争ってもう終わったんだよね?

 うん、うん。そう、わかった。ありがとねー」

ガチャン、と電話を切ると、今度は本棚から地図帳を引っ張り出してきた。

「えーっと冬木冬木……っと。西か。ねえ志貴、西ってどっち?」

「西?えーっと……確かあっちだな」

「あーベランダの方か。ちょうどいいわ」

ガラガラとベランダに通じる窓を開け、カオスの襟首を引っつかむアルクェイド。

「結局、どうするんだ?」

「ん?だからね、引き取り手がいないなら押し付けちゃえばいいのよ」

「いや、それまずいだろ!?」

こんなもの押し付けられたら普通は卒倒する。

「大丈夫。冬木ってところに魔術師がいっぱいいるから」

言いながらクローゼットを開き、今度はその中を探り始めた。

「えーっと、確かこの辺に放り投げといたんだけどなー」

「何をだ?」

「だからー……あ、いたいた」

ほらこれ、と俺の眼前に突き出されたのはネコアルク。

カオスではない、純正品のネコアルクだった。

「オッス、少年!元気か?」

相変わらずテンションは変わっていない。

「あー、そう言えばお前が引き取ったんだっけ」

「引き取ったんじゃないわ。引き取らされたのよ」

頬を膨らませて愚痴をこぼすアルクェイド。

――あの虚言の夜、そして真夏の雪の夜が終わった後。

ネコアルクはどこからともなく現れ、そしてそのまま居ついた。

誰が引き取るかで関係者一同大いにもめた挙句、

オリジナルだろうと思われるアルクェイドが引き取るべきだと意見が上がった。

当然アルクェイド本人はこんなのいらない、関係ないの一点張りだったが、

多数決には勝てずにイヤイヤ引き取った。

あれからこの家に来ても見ないと思ってたら、クローゼットに閉じ込めていたらしい。

「この際だし、これも一緒に面倒見てもらっちゃおうと思って」

「いいのかなぁ……?」

呟きながら足元に座るレンに視線を送るも、ただ小首を傾げるばかり。

「さーって、いくわよー」

楽しそうに言って、ネコアルクとカオスの襟首をまとめてガッシリと掴むアルクェイド。

「むむ。何かイヤーな予感がするワタシ」

「奇遇だな宿敵。私も第六感が全力で不吉を告げている」

ぶらんぶらんと吊り下げられたまま、冷や汗を流し始める二体。


「せぇーのっ!!」


ぶぉん、と風が唸った。

アルクェイドの腕が高速回転を始める。

そしてバターになりそうな勢いで振り回されるナマモノ二体。


「ぎにゃぁぁぁぁ!!」

「目が、目がぁぁぁぁぁ!!」

「飛んでけーーーーーーーーーっ!!!!!」


乾坤一擲。

西の空に向けてナマモノミサイルが射出された。

一瞬にして二体は音速を超え、空気の壁を突き破り、みるみる小さくなってゆく。


『にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……


ただ悲鳴だけを残し、二体のナマモノはお空の星となって消えた。

人型になったレンが、西の空に向けて白いハンカチをいつまでも振り続けていた――。



――冬木衛宮邸、士郎視点。


「士郎、ご飯はまだですか」

「はいはい、今作ってるよー」

お定まりとなったやりとりをこなしながら、夕食の仕上げにかかる。

中華鍋を振るい、寸胴の中身の味の調整。

うん、今日もいい出来だ。

さてそろそろ盛り付けにかかろうと食器棚へと向き直った時。




ズドン!!




隕石でも落ちてきたかのような衝撃と爆音が背後に爆誕。

当然ながら、俺は吹っ飛ばされて体をあちこちぶつけるはめになる。

「なんなんだ一体!?」

体を起こして爆心地であるコンロに向き直る。

「……なんでさ」

そして見た先では、思わず口癖も出る理不尽さ満載のおもしろ光景が広がっていた。

中華鍋の上には目を回した黒っぽい正体不明のナマモノ。

そして寸胴には黒っぽいのとよく似たカラフルなナマモノが頭から突っ込み、犬神家みたいな感じになっている。

「む……むぅ……どうやら着陸成功のようだ……」

黒っぽい方が渋い声で呟きながら体を起こす。

不思議とその声に言峰を連想するのは何でだろう。

「ここは……む、黒い船。もしや、これが宙船そらふねか……」

いや、そこは中華鍋の中だ。


「……って熱ィーーーーー!!」


むちゃくちゃ飛び上がって熱がる黒っぽいの。

鍋、火にかけっぱなしだったし。

つーか熱がるの遅っ!

「うおお、宙船の中はゲヘナの炎で満ちていたのか!?

 こうしちゃいられん、さっそくグレートキャッツ学会に報告せねば!!

 ……にゃどと言ってる場合ではにゃい!熱ィーーーー!!!

わけのわからんことを言っては熱さで飛び上がり続ける黒っぽいナマモノ。

そして頭から寸胴に突っ込んだまま微動だにせず煮込まれ続けるカラフルなナマモノ。

……なんだ、このシュールなカオス空間。

「シロウ、先ほどから騒がしいようですが……」

あれだけ騒げばそりゃ気づくだろう。

セイバーは中華鍋の上で飛び跳ねるナマモノと煮込まれ続けるナマモノを凝視し。


「……シロウ、今日は随分と前衛的な料理なのですね」

「いや、これ食材じゃないから」


つーか食えないだろ、多分。

いや、セイバーなら食えるかもしれない。



いきなり降って来たこのナマモノ共の正体はさておき、一つだけ言える事がある。

どなたか、騒動の神を祓う方法を教えてください。

……真剣に急募。







あとがき


ネコアルク・カオスの追加シナリオに惚れました。

なんだかんだであのナマモノたちは愛すべきキャラだと思います。

今回の主役はカオスの方なので、純正ネコアルクはほぼしゃべってませんが。


鍋の上で飛び跳ねるカオスと煮込まれるネコアルク。

これが浮かんだ瞬間、だったらイケるぜ!!と思いました。

いざ書いてみるとカオスの口調が難物でしたが。


MFLMKの世界と同一なようなそうでないような。

何しろ作品がカオスなので、設定も同様にカオスです。お好みでどうぞ。


後が続きそうな終わり方ですが、どうするかはまだ決めてません。

色々考えてはいるのですがSS一本分にはなっていないので未定です。



web拍手設置しました。



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