お兄ちゃんと呼ばれたい                          by楓野


「……妹が欲しい」 昼食のオムライスが美味しかった昼休み、恭介が唐突にそう口にした。 「なにいってんだオメーは」 「鈴が可愛くないのか、恭介?」 「勿論、鈴は可愛いさ」 真人と謙吾のジト目の問いに、無駄に胸を張って答える恭介。 この瞬間、恭介の称号は『シスコン』で固定された。 「だが、『お兄ちゃん』と呼んでくれる妹を持つのは男のロマンだと思わないか?」 「いや、言ってる意味がわかんないよ恭介」 「右に同じく」 「以下同文」 理樹、謙吾、真人と次々に否定されて恭介は押し黙る。 ゴホン、と咳払いをして恭介は再び口を開く。 「……真人、お前とは一番古い付き合いだったな」 「ああ」 「今までで一度でも、鈴が俺を『お兄ちゃん』と呼んだことがあったか?」 目を閉じて思案し始める真人。 「……ないな」 しばらくの沈黙の後、真人はキッパリと言い切った。 「そして理樹、謙吾。過去に鈴が俺にしたことといえば?」 「蹴ったな」 「蹴りだな」 「蹴ってたね」 「……だろ」 三人に揃って即答され、自分で振っておきながら恭介は涙ぐんでいた。 「まあ長々と講釈をたれたが、要するにだ……」 恭介が立ち上がる。 拳を握り締め、胸元で構えて息を吸い込む。 「一度でいいから鈴に『お兄ちゃん』と呼ばれてみたいんだよ俺は!!」 バックに日本海の荒波が見えるほどの勢いで恭介は力説した。 だが、それを聞いていた三人の反応はと言うと、 「……脳外科に行ったほうがいいんじゃないのか?」 「連れてくか?」 「この辺に脳外科あったかな……」 恭介の正気を真剣に疑っていた。 ぶっちゃけるとドン引きである。 「待てお前らっ!いいだろ一度くらい望んだって!」 「いやまあ……そりゃそうかもしんねぇけどよ」 「なにしろ、相手が相手だからな……」 そう、何しろ恭介の妹は言わずと知れた鈴である。 傍若無人のくせに極度の恥ずかしがり、到底『お兄ちゃん』などという呼称は望むべくもない。 正直、ミッションにされようものならまさにミッション・インポッシブルになるだろう。 「……代わりに小毬さんとか」 「いや……それ、シャレにならんだろ」 だから理樹は、代価案を提示した。 それを皮切りに、次々と案が提出されていく。 「クド公はどうだ?」 「リアルすぎる」 「西園あたりどうだ」 「あいつはどっちかというと姉だろ」 「三枝は?ノリでやってくれんじゃね?」 「その代わり二木に殺される」 「じゃあ来ヶ谷さん!」 「あんな怖い妹いらんわっ!!」 リトルバスターズの女子メンバー全員を却下し、 とうとう謙吾の口から笹瀬川の名が出かけたところで、 「お、どうした鈴、今日は小毬と屋上じゃねえのか?」 近づいてくる鈴に気づいた真人が声をかけた。 だが、鈴はそれに全く答えない。 「鈴、大丈夫?なんか顔が赤いけど……」 「……だいじょうぶ」 言葉も少なく理樹の問いに答えた鈴は、紅潮した頬のまま恭介の前に立った。 「なんだ、鈴……俺、なにかやったか?」 「……お兄ちゃん」 ピシリ、と空気が固まった気配がした。 しかしそんな空気を意にも介さず、鈴は恥ずかしげな笑顔で、最大級の破壊呪文を放つ。 「大好き、お兄ちゃん」 (なんですとォォォォォォッ!!?) ベタフラを背負った理樹・真人・謙吾の心の声が唱和し、肉体は硬直した。 「……鈴……!」 感極まった恭介が立ち上がり、鈴の両肩に手を置いた。 「……俺は一生……お前を守ろう!」 「待て!それは俺のセリフだろう恭介!」 セリフをパクられた謙吾がツッコミを入れたが、恭介も鈴も耳を貸さない。 「……嬉しい、お兄ちゃん」 心の底から嬉しそうに言った鈴は、恭介の胸に飛び込んだ。 「ありえねえ……」 「天変地異の前触れかな……」 抱きしめあう兄妹を目にして、真人と理樹が呆然と呟く。 ちなみに謙吾はツッコミをスルーされて体育座りでブルーになっていた。 「お兄ちゃん、抱っこして?」 「ああいいとも。抱っこでもおんぶでもわっしょいでも何でもしてやるぜっ!」 完全に浮かれポンチと化した恭介であった。 そして抱っこしたままイスに座ってイチャイチャし始める兄妹。 その甘い空気に当てられて、クラスの半数が砂を吐いた。 『……なんなんだあの兄バカっぷりは……』 甘い空気から逃げるように廊下に退避した理樹たちは、言葉は違えどそう口にした。 もはやあの兄妹に周囲は目に入っておらず、いなくても気づかれることはない。 「つーか鈴があんな呼び方するだけでもありえねえ」 「そこなんだが……そんなにあの呼び方には破壊力があるものなのか?」 パーフェクトなアホに進化(退化?)した恭介を廊下から眺めて謙吾が言った。 二人とも『お兄ちゃん』と意地でも口にはしたくないらしい。 もっとも、彼らが『お兄ちゃん』などと口にしてもキモいだけなので問題はないが。 「……妹がいないからよくわからないけど……近い体験は出来ると思うよ」 「ほう?」 顎に手を当てた理樹が呟くと、謙吾が興味深そうに目を向けた。 「目をつぶって想像してみて。まず謙吾」 「ああ」 言われたとおりに謙吾が瞳を閉じた。 そして理樹がキーワードを口にする。 「……巫女服姿の古式さんが三つ指突いて『旦那さま』」 「がはっ!」 脳裏に浮かんだクリティカルヒットの映像に、謙吾が大きくのけぞり、膝をついた。 「次、真人ね」 「え、俺も?」 目を見開いて荒い息をつく謙吾に戸惑いながらも、真人が目を閉じた。 「……メイド服姿のクドが笑顔で『ご主人様っ』」 「ぐあぁっ!」 謙吾同様のクリティカル映像に、真人の体がくの字に折れ、そして膝をついた。 「こ、これは……ヤベェぜ……」 「なんてことだ……想像だけでこれほどの威力……」 「いや、ここまで上手くいくとは思わなかったけど……」 理樹が少しだけ呆れ気味に呟いた。 まだ少し息は荒いものの、衝撃から立ち直った真人と謙吾が立ち上がる。 「恭介はあんなすげぇ衝撃を受けたってのか?」 目だけで恭介を見ながら、真人が口を開く。 「まあ、近いものはあったんじゃないかな」 「それは……兄バカにもなるだろうな」 三人が視線を向けた先では、鈴が恭介の頬に口付けし、恭介が鈴の額にお返しのキスをしていた。 『あれはもう兄妹よりもバカップルだろ……』 三人の意図するところが再び同調した。 「さて……どうする?アレを」 一息ついて、真剣な表情を作った謙吾が二人に問いかけた。 「別に放っておいてもいいんじゃない?」 「あれなら、オレも蹴られないですむだろうしな」 「俺もそう思う。だがな……」 チラリと恭介たちに視線を向けた謙吾は、その甘すぎる様子にため息をつく。 「このまま放っておくと……行き着くところまで行ってしまいそうな気がしてな……」 言葉にはしないものの、謙吾が意図するところは二人にも伝わった。 「……見ろ、あの二人を」 「恭介の手が自然に鈴の腰に回ってるな……」 「どんどんヤバイ方向に突っ走ってるね……」 兄妹仲がいいのは結構だが、流石に恭介を犯罪者にするわけにはいかない。 三人揃って重苦しい表情になって口を噤んだ。 「案外、一発軽く引っ叩けば元に戻んねえかな」 「……どう考えても恭介に瞬殺される気がするんだが」 努めて明るく言った真人だったが、謙吾の打ち出した未来予想図にまた押し黙る。 だが、そんな重い空気の中理樹が顔を上げた。 「やるしかないよ」 毅然とした顔でそう告げる理樹。 「鈴が本当に心変わりしたのならそれでもいいけど。  もし何かのせいでおかしくなってるなら、止められるのは僕たちしかいないんだ」 「理樹……」 「……そうだな」 真人と謙吾が理樹の決意に大きく頷く。 「よし、恭介は俺と謙吾でなんとしても止めてみせる。この筋肉に賭けてな」 「その隙に、理樹は鈴をなんとか元に戻してみてくれ」 「わかったよ」 作戦を確認し、顔を見合わせてもう一度だけ三人で頷きあう。 おそらく、今の鈴に何かしようとするならば恭介は過去最大の敵として立ちはだかる。 かつてない決戦の予感に身を引き締め、三人は揃ってその重い一歩を踏み出そうとして…… 「鈴ちゃ〜ん、どこ〜!?」 小毬のほんわかながらも切迫した声につんのめり、三人揃ってすっ転んだ。 「け、謙吾、真人、早くどいて、潰れる……」 真人と謙吾の重量級コンビに下敷きにされた理樹が、死にかけの蚊のような声で呻いた。 「す、すまん理樹!」 「悪ィ!」 理樹を下敷きにしていた二人が慌てて立ち上がり、理樹に手を貸して立ち上がらせた。 「なにやってるの?理樹くんたち?」 「ああ、いや。実は、鈴がな……」 「そうだ!鈴ちゃん知らない?」 謙吾が鈴の名を口にするなり、小毬は謙吾の言葉を遮って叫んだ。 「鈴なら、教室の中にいるけど」 「ちょっとばかし、信じられない性格になってるけどな」 「え?」 「……見ればわかる。ただし、覚悟はしておけ」 小首をかしげた小毬に、謙吾が教室の中を指し示した。 それに従って、小毬がひょいと教室を覗き込む。 「ほわぁっ!?」 それと同時に奇声を上げて慌てて廊下へと視線を戻した。 「恭介さんと鈴ちゃんが、バカップルに〜」 「神北でもダメージは避けられないか」 「もはや精神兵器だね……」 信じられない光景に泣き出した小毬に、謙吾と理樹がしみじみと感想を漏らした。 「まさかこんなことになるなんて〜」 「待て、その口ぶりだと鈴があんなことになった原因を知っているのか?」 「だって、鈴ちゃん、今酔っ払っちゃってるの〜!」 『……は?』 小毬の発言に三人が固まる中、教室では。 「鈴!?どうした、鈴!?」 真っ赤な顔をして、力なく寄りかかった鈴に必死に呼びかける恭介の姿があった。 「鈴ーーーーーーー!!!」 後に教室にいた生徒は語る。 『どんなドラマより映画より、あの叫びは心に迫るものだった』と……。 「つまりなんだ、貰った菓子の中にウイスキーボンボンが混じってたってことか?」 「鈴ちゃんが平気で食べてたから普通のチョコレートだと思ったの〜」 鈴を抱きかかえたままプチ錯乱状態になった恭介ごと保健室に鈴を運び、 未だ泣きじゃくる小毬から状況説明を受けた三人は、ようやく原因を把握した。 当の鈴は、まだ少し顔は赤いものの、ベッドですやすやと寝息を立てている。 「ウイスキーボンボンで酔っ払うってよ……」 「人騒がせな酔い方もあったものだな……」 鈴の酒の弱さに、或いは鈴の酒癖に、各々深くため息をつく。 「なんだよ……昨今、健気な妹キャラによくある不治の病イベントかとビビッたぜ」 「そんな昨今は未だ到来してないからね、恭介」 ようやくプチ錯乱から復帰した恭介に理樹がツッコむ。 「なにはともあれ、鈴に酒は禁物だな」 「肝に銘じておくよ」 ここに、理樹・謙吾・真人による『鈴に酒を飲ませない同盟』が結束した。 しかし、恭介卒業祝いパーティーを始め、第二次卒業記念パーティー、果ては結婚式と、 今回の悪夢(と言えるかどうかは微妙だが)が繰り返されることになるとは露とも知らぬ男衆であった。 ――後日談。 「鈴」 「ん、なんだ恭介」 「何か……俺に言うことはないか?」 「べつにない」 「恥ずかしがらなくていい。思うがままに、己を解放するんだ」 「……」 「さあ、今こそお前のありったけの愛を込めて!お兄ちゃんと呼んでくれ!!」 「……寄るな、しね、ド変態」 「……ちょっと待ってくれ」 「待たない。ドラスティックにぶっ殺したかったあの日の夏inトーキョー!!!」 「そ、それは幻の棗流奥義……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 ――さらに後日談。 「恭介……そんなにウイスキーボンボン買い込んで……」 「他意はない」 「ぜってーあるだろ」 「確実にあるな」 「他意は、ない」
あとがき

恭介っていい兄貴だよなあってことで、それをネタに出来ないかと書き上げました。 いやまあ、いい兄貴どころかただの妹萌えな人になっちゃってますけど。 でもまあ恭介が上手い具合にはっちゃけてくれたのでこれはこれで……。

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