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推参!黄薔薇の棘
「ところで、黄薔薇の棘の方もいらっしゃるんですよね?」
紅薔薇の棘・守笠杏子との対面の後、友情を築いた祐巳の一言である。
杏子の登場によって仕事にならなくなった一同は、ティータイムと洒落込んでいた。
天下の傾き者である杏子もこの時ばかりは大人しく紅茶を飲みまくっていた。
和やかな席での一言、しかしそれに返ってきた返答は、

『……………』

無言だった。
「……いらっしゃらないんですか?」
自分の勘違いかな、と首を傾げる祐巳。
「ああ、いや、ちゃんといるよ。ただね……」
珍しいことに、微妙な表情で歯切れ悪く答える聖。
周囲を見れば皆が皆同じような表情をしていた。
「なんていうか……そう、化学反応、かな……」
「かがくはんのう?」
聖の発言の意味がサッパリわからずに再び首を傾げる子狸一匹。
それを見かねた祥子が、祐巳に耳打ちする。
「杏子と黄薔薇の棘は仲が悪いの。顔をあわせればすぐさま大喧嘩になるほどよ」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。杏子は自分から喧嘩を売ることはないのだけど、彼女だけは例外よ」
ひそひそと会話の後、祥子は今日何度目かのため息を吐く。
対照的に祐巳は祥子の話にビビリまくっていた。
本人としては普通にしているつもりなのだが、手にしたカップが小刻みに振るえ、
中に満たされた紅茶の水面は、その振動によって波紋を生んでいる。
「おおおおおおお姉さま!わわわ私怖いですぅぅぅぅぅ……」
「怖がりすぎよ祐巳……。心配ないわ、黄薔薇の棘は滅多にここには顔を出さな―――」

ギシッ。

祥子の言葉を断ち切るかのように、階段の軋む音が聞こえてきた。
その微かな音に、山百合会幹部の顔に緊張が走る。
そうしている間にも階段の軋む音は徐々に近づき。
ガチャ、とビスケット扉のドアノブが回る。

「ごきげんよう、皆さん。
 黄薔薇の棘(ロサ・フェティダ・アン・エピン)、推して参りました」

ドアを開いて現れた黄薔薇の棘と名乗る生徒は、胸に右手を当て、優雅に一礼したのであった。



「……珍しいわね。あなたがここに顔を出すなんて」
「先程、なにやら大声が聞こえてまいりましたので。
 薔薇さま方に何かあっては一大事と駆けつけてまいりました」
妖艶な笑みとなまめかしく歌うような声で、蓉子の問いに答える黄薔薇の棘。
その肌はこの場にいる誰よりも白い、雪の色。
それにかかる長い髪は、比喩ではない本物の銀髪。
右手はスカートのポケットに収められており、左手はだらりと下げられている。
両手には革製と思しき黒い手袋が嵌められており、制服の襟元からは黒のタートルネックシャツがのぞいていた。
顔以外の肌を一切露出させない、リリアンの中でも奇異な服装。
顔立ちは恐ろしいほどの妖艶な美貌であり、それが魔的な美を生み出している。
「もっとも、駆けつけてみれば何のことはなく山犬が一匹騒いでいただけでしたが」
そう言って、右手はポケットから出さぬまま左手を胸に当てて再び一礼する黄薔薇の棘。
「―――待ちな。その山犬ってな俺のことか」
あからさまにも程がある挑発に、杏子はあっさり引っかかる。
否、おそらくはわざと乗ったのであろう。
杏子の口元には、楽しくて仕方ないといった凶暴な笑みが浮かんでいるのだから。
「誰と指してはいないけれど……どうやら自覚はあるようね」
「ハッ!回りくどいことはよそうぜ。戦りたいなら正直に言いな、カラス!」
「相変わらず直球ね……でも嫌いじゃないわよそういうの」
呟きながら、氷を思わせる微笑を貼り付ける黄薔薇の棘。
右手をポケットから抜き出して構えたその姿には、隙がない。
(総員退避よ。壁際に行って)
(蓉子、止めてよ)
(無理よ。一人ならともかく)
にらみ合う棘二人をよそに、山百合会幹部ら計八人は小声で会話しつつ壁際へと移動する。
「ほほほほほ本当に仲が悪いんですねえぇぇぇぇ」
まだガタプルしながら祐巳が呟くが、その隣で聖と蓉子が吹き出した。
「祐巳ちゃん、怯えすぎ」
「怯えなくても大丈夫。それに、仲が悪いわけじゃないのよあの二人。
 言うなれば江利子と由乃ちゃんみたいなものね……方法はかなり過激だけど」
「とてもそうは見えないんですけど……」
にらみ合いを続ける棘二人に視線を移して、祐巳が言う。
そして。

「カァァァラァァァァァァァァァァァァァァァス!!!!!」

「フゥ…」


杏子は大声で吼え、黄薔薇の棘は一つ息を吐き出し。
紅と黄の棘が、同時に戦いへと動き出した。
だがこれこそが、彼女らなりのコミュニケーション。
二人にしかわからない、戦闘という会話方法なのだ。
「……あの、お姉さま?さっき杏子さんが叫んでいた『カラス』ってなんのことですか?」
棘二人のドツキあいを眺めていた祐巳は、不意に祥子に問いかけた。
「よく気づいたわね、祐巳」
「さっきも言っていましたし……やっぱりあの鳥のカラスなんですか?」
「ええ、そうよ。ここに初めて来たその日に、そう呼んでくれと自分から言ってきたの」
そう言って、祥子はポケットからメモ帳とペンを取り出した。
さらさらと文字をいくつか書いて、祐巳に見せる。
「黄薔薇の棘の名前は五十鈴 文(いすず ふみ)というのだけれど。
 苗字の最後と名前、『鈴文』の読み方を変えると『レイブン』になるわね?」
「あ!」
「英語でカラスはレイヴン。そういう言葉遊びなのでしょうね。
 まあ、実際にカラスが好きなのだろうけども」
祐巳は、自らカラスと名乗る黄薔薇の棘――文へと目を向けた。
彼女が体を動かすたびに、長い銀色の髪が遅れてそれを追う。
氷の微笑を浮かべたまま、獣の爪と牙を捌く白き舞姫。
獣の闘法の杏子と、冷静に舞うような闘法の黄薔薇の棘。
その戦いは、獣と舞姫の戯れのようでもあった。
手数も速さも一撃の重さも、杏子が上回っている。
だが、それを互角にいなす文に、祐巳は何か神がかったものを感じた。
文の掌底が杏子の体を捉え、杏子はそれを利用して後ろへと下がる。
その瞬間、文は不意にポケットに手を突っ込み、すばやく抜いて振り払う。
両者の間には幾ばくかの距離があり、拳はおろかたとえ剣でも届く距離ではない。
だが、その腕の動きを見るや否や、杏子は全力で右に跳んだ。
その時には、すでに文の右手はポケットへと戻っている。
そしてさらに一瞬の後、壁や天井に何かが当たって、それが祐巳の足元へと跳ね返る。
「ひえ!?」
床をへこませてなお飛び跳ねるそれを認識すると、祐巳は仰け反って悲鳴を上げた。
「ちょっと二人とも!?祐巳に少しでも傷をつけたら許さなくてよ!?」
祥子が祐巳を抱きかかえるようにして棘たちに叫ぶ。
「りょーかいっ!!」
「了承いたしました、紅薔薇の蕾」
手短に答える杏子と、慇懃に答える黄薔薇の蕾。
だが文は、紅薔薇の蕾という単語を『日本語で』発音している。
これもまた蓉子が直そうと躍起になった悪癖であるが、直らずに現在に至っている。
やはり彼女も棘になるだけあってイレギュラーな人物のようだ。
祐巳はしゃがみこみ、自分の足元に突き立ったそれを手にとってまじまじと見つめた。
「……鉄球?」
「黄薔薇の棘の隠し武器よ」
祐巳の呟きに祥子が答える。
そう、それは鉄球であった。
とはいえそれほど大きいものではなく、一般にパチンコ玉と言われる物であった。
もっとも、この場にはその俗称に馴染みのある者はいなかったが。
「右手をいつもポケットに入れているでしょう?
 あそこにはそれと同じものがジャラジャラ入っているわ」
「はあ……」
あの一挙動で鉄球を正確に投げる文の能力に、祐巳は感嘆すると同時に戦慄した。
目を戻せば、棘の二人は距離をとって睨み合いに戻っている。
「流石ね……杏子」
微笑んだまま、目を閉じて髪をかきあげる文。
「ヘッ、テメェもなァ、カラス!」
牙をむき出し、もはや肉食獣そのままの獰猛な笑みを浮かべる杏子。
「そろそろ……本気でやるか」
その言葉にまだ上があるのかと驚く祐巳。
スッ、と杏子の構えていた両腕が下がる。
握っていた拳を開き、獣の爪のように両手の指を大きく開く。
その体が前傾姿勢へと移行した次の瞬間。


「ガァァァァァァァァァァァァァァ!!」


獣の咆哮そのままに、杏子が吠えた。
それと同時に、両の『爪』を振りかざして駆ける。
瞬き一つの間に文の眼前に踏み込み、『爪』を脇腹へと突き立てんと振るう。
それがかわされれば、左の『爪』が喉を狙って打ち込まれる。
『爪』を振り切った勢いを殺さず回転し、床面スレスレの足払いを放つ。
地に伏した体勢から、バネのような瞬発力で体を跳ね上げ、蹴り上げる。
激流のように流れては弾ける打撃を、文は『技』でもって回避する。
脇腹を狙う『爪』は半身を引き、『爪』の軌道の紙一重外へ。
喉へと打ち込まれる『爪』は下からの掌低で打ち上げ、その方向を逸らす。
すぐさまその腕を戻し、持ち上げた膝とで襲い来る蹴りを挟み潰す。
顎を狙う蹴りを最小限のスウェーによって目前で回避する。
二人の動作一つ一つが、先ほどの攻防よりも遙かに速い。
杏子は更に加速する。
こんなものではない、底などない、限界など知らぬ。
捌かれるならより多く、見切られるならより速く、弾かれるならより強く。
体温は、それでもなお止まらない。
熱に浮かされた獣さながらに、その『爪』を、『牙』たる脚を振るい続ける。
文はただ研ぎ澄ます。
己の意識を、腕を、脚を、体の隅から隅に至るまで微塵の狂いも許されない。
捌けぬならより鋭く、見切れぬなら予測しろ、弾けぬならより正確に。
風に吹かれる花弁のごとく、打撃という暴風をすり抜ける。
吹き荒れる暴風はとどまるところを知らず、その猛威を振りかざす。
暴風が花弁を引きちぎろうと『爪』を繰り出す。
杏子の『爪』は空気すらも引き裂いて、文へと迫る。
だが、文は動かず、それどころか構えすらも解いてしまう。
次の瞬間。

「そこまで!!」
蓉子の声が、薔薇の館に響き渡った。

杏子の『爪』は、文の顔面に触れるか否かのところで停止。
悠然と佇む文は、杏子の手を口元に寄せて愛しそうに口づけする。
「……楽しかったわ」
妖艶に囁く文は、放っておいたら杏子の指を一本一本舐め回しそうな雰囲気である。
「……センパイよォ〜、何で毎回毎回いいところで止めちまうんだよ?」
乱暴に手を振り解き、非難するような口調で杏子は蓉子に詰め寄った。
「あのまま行ったらどちらかが流血するでしょう?」
「あったりめーだ。どっちかがくたばるまでやるんだからな」
堂々と言ってのける杏子に、蓉子は一つため息をついて続ける。
「血が床に落ちると取れにくいのよ。
 床だけならまだいいけど壁や天井についたらもっと大変になるし。
 あなた達は掃除なんてしないから、私たちがやるハメになるでしょう?」
「うぐ……」
ズバッと言われて、言葉もない杏子。
何しろ、初めてここに来た日に床に血のシミを作ったのは他ならぬ杏子であるからだ。
その時が文とのファーストコンタクトであり、第一戦となってお互い盛大に流血したのだが。
かといって、心行くまで戦りあって自分で掃除するかと問われればそれはNoだ。
自慢ではないが杏子は学校の掃除すらほとんどサボるほどの掃除嫌いなのだから。
ましてやあのカラスと一緒に掃除など考えただけで寒気がする。
かといって、後の事はバックレるつもりで戦るつもりもない。
杏子という人間は、自己中心的ではあるが周りが全く見えない人間ではなかった。
「とにかく、今日はここまで。
 物足りないなら河原でも路地裏でもいいから別の場所でやってちょうだい」
「……うい」
観念したかのように、杏子が頭を垂れてその場を離れる。
相変わらず、蓉子には逆らえない杏子であった。
杏子が蓉子の前を離れると、入れ代わりに文が足音もなく壁際の祐巳たちに近づいていた。
「大変、ご迷惑を」
文は微笑んで今日三度目となる一礼をした。
「本当にね……」
渋面を浮かべる蓉子。
「あら、私は楽しかったけど」
正反対に江利子は満面の笑みを浮かべていた。
「いや、二人とも凄いね」
どちらかといえば江利子よりの聖。
三者三様の反応ながらも、薔薇さま方のお咎めはないようであった。
「ねえ、あなた達もう少し普通に仲良くできないの?
 ロザリオを渡したこともあるんでしょう?」

『ええ!?』

蓉子が口にしたとんでもない事実に、蓉子と棘の二人以外の全員が声を上げた。
「正確には、渡そうとして断られたのですけども。
 差し出したきっかり三秒後に殴り合いになりました」
言っていることとは裏腹に、文はデフォルトの妖しげな笑みを浮かべていた。
「ですが、姉妹の関係、人の関わりは千差万別。
 ならばこういった関わり方もまたよいのではないかと思いますが」
「……ならせめて外でやって頂戴。できるだけ人目につかないところで」
「善処いたしましょう」
ゆるり、と一礼して文は祥子たちに振り向いた。
「あなた達も、ごめんなさいね」
「……カラスや杏子を見てると自信がなくなってくるよ」
「令ちゃん、一瞬で負けそうだもんねぇ……」
苦笑しつつ令が言い、由乃がさらに追い討ちをかける。
「お怪我はありませんか?」
「大丈夫よ。あの子もそうだけど、一度もまともに当たってはいないの」
志摩子が文の体を気遣うも、文はゆっくりと首を振った。
そして、文は祥子に視線を向ける。
「……祐巳に怪我がなかったから今回は不問にするわ」
仏頂面で吐き捨てるように言う祥子。
その腕の中には、未だ祐巳が抱きかかえられていた。
「ああ、妹を持ったのよね祥子。確か……福沢祐巳さん」
「は、はじめまして。えっと……文さま」
祥子の腕の中から惜しみつつも抜け出して、ぴょこんと頭を下げる祐巳。
「はじめまして。でもできればカラス、と呼んでもらえないかしら?」
「え、でも……」
「呼んでくれないなら、鳴かせちゃうわよ?」
「ひぇ!?」
さらりと言ってのけてペロリと唇を舐める文に、祐巳がビビる。
「祐巳に手を出したら承知しないわよ!!」
「あら、怖いわね。可愛いものは鳴かせたくなるのが常ではなくて?」
「それはあなただけよ!」
ぎゅむ、と再び祐巳を抱きしめる祥子。
その腕の中で、もし棘が増えたらどうなるのだろうと不安に襲われる祐巳なのであった。


〜〜オマケ〜〜

祐巳「あの、どうしてカラスさまは白薔薇の棘ではないのですか?
   そんなに綺麗な白いお肌なのに……」
文「そうやって首を傾げてもらいたいから黄薔薇を選んだのよ」
祐巳(変わった人だ……)

〜〜オマケ・終〜〜




*あとがき*
というわけで、『黄薔薇の棘』五十鈴 文の登場です。
この話、がちゃSに投稿したものからかなり改訂しました。
戦闘シーンがあまりにも常識離れしすぎていたもので……。
杏子と文の強さは、『バキ』の花山よりちょっと弱いくらいでしょうかね。
あと、前回に杏子の解説で書いた『ユーカリミントのタブレット』ですが、
文に対してキレるのは問題ない(ォィ)ので今回は食べていません。

で、前回に引き続き文の解説ですが。
基本コンセプトは『エロティックな美人』。
肌を出していないのは日焼けするのがイヤだから。若干ナルシスト傾向アリ。
杏子を別に嫌っているわけではなく、むしろ好意を抱いている。
挑発するような言動をするのは、突っかかってくるのが楽しいから。
蓉子のセリフにもあった通り、杏子にロザリオ渡そうとして殴られた。
ガチレズでしかもサディストというタチの悪い人。
杏子に首輪つけて飼うのが理想だが、祐巳みたいな子に囲まれるのも夢。
文章にするかどうかは未定ですが、合唱部所属で静とは友人という設定もあります。
ただ、静の声と自分の声は相性が悪いと感じているので表舞台には出ていません。