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江利子さまがハマる
〜ストリートダンス編〜

ギシリ、ギシリと軋む薔薇の館の階段を上る人影が一人。
(たまには違った軋みかたしないかなぁ。あ、でも『ミシッ』とかいったらイヤだし……)
などと取り留めのないことを考えながら、紅薔薇の蕾の妹・福沢祐巳は階段を上ってゆく。
その途中。
祐巳の耳は、ズン、ズンという重低音をかすかに捉えた。
「……なんだろ?」
階段を上る足を止めて、祐巳は一人呟いた。
重低音は一定のリズムで規則的に耳へ届く。
ちょうど、祐麒がたまに聞いているダンス系音楽のようなリズムである。
首をかしげながら、祐巳は再び階段を上り始めた。
階段を一段上がるごとに重低音は強さを増し、よりハッキリと耳に届く。
そして会議室前の扉の前に立った時、祐巳はその音の出所を理解した。
音は、会議室の中から響いてきている。
なにか物凄くイヤな予感に囚われながらもビスケット扉と称される扉を開いたその中では。


黄薔薇さまである江利子さまが、ジャージ姿でストリートダンスを踊っていたのであった。


波の様な動きで腕や体を揺らしたり、体全体を大きく使ってステップを踏んだり、所狭しと動き回る。
しかも動きの全てが昨日今日始めたとは思えないほど、妙に洗練されていた。
テーブルの上には重低音の元であるCDラジカセが、
Kick the can crewの『地球ブルース』を吐き出し続けている。
先ほど祐巳が聞いた音は、ダンス系のような、ではなくそのものズバリだったというわけだ。
ややポップではあるが。
「あら祐巳ちゃん、ごきげんYo!」
祐巳に気づいた江利子はダンスを続けたままハイテンションで声をかける。
しかし声をかけられた当の祐巳はというと。
「……はひ?」
向けられた挨拶を返すことすら忘れて、呆気に取られていたのであった。
『挨拶の語尾がなんか変だった』とか、『なんでジャージなんですか』とか理由は色々あるが、
一番の疑問は、
「……あの江利子さま、なにをやっていらっしゃるんですか?」
だった。
尋ねられた江利子は丁度キリのいいところでダンスをストップしてラジカセを止めた。
「……見てわからない?」
江利子は心底不思議そうな顔で首を傾げる。
「いえ、わかるにはわかるんですが」
やっていた行為自体はストリートダンスというものであって、理解は可能だ。
しかし祐巳が聞きたいのはそういうことではなく。
「えーっと、なんでいきなり踊ってるんですか?」
「あら、こう見えてもヒップホップ生まれヒップホップ育ちよ?
「絶対嘘ですよねそれ」
ダメだ、カンペキにキャラが壊れている。
祐巳はもはや江利子の行動に理由を求めるのを放棄した。
こうなってしまった以上、自分に出来るのは巻き込まれないように身を守る以外にない。
「……お茶入れますけど、要りますか?」
「お茶よりも水……あ、やっぱりアメリカンライクにコーラ」
「お水ですね」
もはやツッコむ気力もなく、祐巳は給湯室へと向った。
再び踊り始めたのだろう、すぐにまた音楽が聞こえてくる。
今度の曲はEarth, Wind & Fireの『Boogie Wonderland』な辺り、
あまりジャンルには囚われないダンススタイルなようだ。
自分の分のお茶と、江利子の分の水を持って戻ると、
江利子の動きはブレイクダンスに変わっていた。
音楽はQueenの『Don't stop me now』が流れている。
飛び跳ねたり屈伸をしたりとステップを踏み、屈んだまま素早く複雑に足を動かしたり、
時にはCMで岡村○史がやっていたウィンドミルやスワイプスを混ぜ込みつつ、
要所要所ではしっかりと体の動きを止めてブレイクまで盛り込んでいる。
またそれが下手なものではなく、むしろ上手いものだからタチが悪い。
「ふーっ、お水ありがとうね祐巳ちゃん」
なんて言いながら水を手に取る江利子だが、疲れた様子は微塵もない。
ラジカセから流れる聞いたことのない音楽をBGMに、いささか騒がしいティータイムへと突入する。
「これ、誰の曲ですか?」
「ああ、これはネットで気に入ったのを持ってきたのよ」
道理で聞いたことがないはずだ、と納得しながら紅茶を飲み下す。
そうやって半分ほどの紅茶を胃に送り込んだ頃。
「ごきげんよう……って何やってるの江利子」
「ダンス」
挨拶と苦言をほぼ同時に口にしながら、紅薔薇さまである蓉子が扉を開けた。
蓉子の問いに簡潔に答える江利子。
「そう……仕事の邪魔はしないでね」
「はいはい」
意外にも蓉子はあっさりと江利子の奇行を容認すると、自分の席についた。
かなり適当な受け答えをした江利子は、立ち上がってラジカセを操作すると再び踊り始めた。
今度はマイケル・ジャクソンの『スリラー』である。
もうジャンルもなにもあったもんじゃない。
「いいんですか?蓉子さま……」
蓉子のお茶を出すついでに、祐巳は小声で尋ねてみる。
「ああなったら止められないのよ。なるべく近づかないようにね、祐巳ちゃん」
「はあ……」
もはや蓉子も諦めているらしく、江利子を無視して黙々と書類にかかる。
そう言われては祐巳がどうこうできるものでもないので、祐巳もまた書類へと向った。
そうしているうちに、残りの山百合会メンバーもやってくる。
令や由乃はともかくとして志摩子や祥子までもが江利子を見るなり、
『ああまたか』という顔をしてさっさと自分の席について仕事にとりかかってゆく。
江利子の方はというと、『チェケラー♪』と多分に間違った方向でノリノリだった。
しかしまあ、横で江利子が踊っている以外はいつもどおりの山百合会なのであった。


仕事を始めて数分が経過した頃。
「ごきげんよー」
と、力の抜けるような声と共に聖が現れた。
「あ、また?」
「ええ、そうよ」
江利子を見て声を上げた聖に、蓉子が答える。
「ふーん……」
しばらく席にも着かずに江利子を見ていた聖だったが、
「ごめん。ちょっとトイレ」
「もう、来る前に済ませなさいよ」
と、踵を返して外へと出て行った。
「まったく……」
蓉子は再び書類に視線を向ける。
が。
「お姉さま!」
「え?あーーー!!
祥子の声に立ち上がったかと思うと、荒々しく扉を開いて外に顔を向けた。
「いない……!!」
付近に聖の姿がないことを見て取った蓉子は、憎々しげに呟いた。
そのまま肩を落として席に戻ると、頭を抱えてテーブルに肘をつく。
「参ったわ……」
「……どういうことなんですか?」
さっぱり状況が理解できない祐巳が声を上げた。
よく見れば、由乃と志摩子も同様に不思議そうな顔をしている。
「……聖はね、ブレイクダンスが大好きなのよ。
 今の江利子をみれば絶対に踊りだすってわかっていたのに……」
頭を抱えたままの蓉子が弱りきった顔で答える。
それはまた、似合うというべきか意外と言うべきか。
そして蓉子が頭を抱え始めて数分後。

「It's a dancein' time Yeah!!」

会議室の扉が開き、江利子と同じくジャージに身を包んだ聖が再び現れたのだった。
曲に合わせてステップを踏みながら江利子の元へ向う聖。
そのまま即興のコンビプレイで、二人は踊り始めるのであった。
蓉子は大きくため息をついたものの、
もはや止めようとしても止められないことを悟り、仕方ないので再び仕事に戻った。
祐巳を始めとしたマトモな面々もそれに習う。
横で踊る馬鹿が一人増えた以外は、まあ概ね普段どおりの山百合会なのであった。
ちなみに、聖と江利子のコンビネーションは無駄にカンペキであったことを追記しておく。


そうしてしばらく黙々と書類に取り組んでいた祐巳であったが。
「祐巳」
「はい?」
横からかけられた祥子の声に顔を上げた。
「音楽にあわせて指でリズムを取るのはおやめなさい。はしたなくてよ」
「す、すみません!!」
どうやら、気づかないうちに指がリズムを取ってしまっていたらしい。
「あら、祐巳ちゃん。一緒に踊りたいならいつでも言ってくれていいのよ?」
「いえ、遠慮します」
耳ざとく聞きつけて声をかけてきた江利子だが、祐巳はキッパリと断った。
その心中はというと。
(言えない……実はブレイクダンス踊れるなんて絶対に言えない……!!)
そう、実は祐巳、踊れるのだ。
祐麒が文化祭でブレイクダンスをやると言うので自宅で練習を始め、
その練習に付き合っていたらいつの間にか踊れるようになっていたのだ。
あくまで人並み、ダンサーとしては中の下か下の上くらいでしかないのだが。
それでも踊れるなどと言えば、まず間違いなく(強引に)仲間入りさせられてしまうだろう。
たとえお姉さまの問いだとしても絶対に言うもんかと決意を固める祐巳。
踊る馬鹿二人にちらりと視線をやると、その動きはどんどんアクロバティックな方向に進んでいた。
側転、バク転、バク宙を繰り返す二人の動きは、もはやリリアン生とはかけ離れたものである。
というか、聖はともかくなんで江利子が出来るのかが祐巳には不思議でならなかったが。
そんな中。
「江利子!!」
「え?」
聖の慌てた声と江利子の間の抜けた声、そして。

ゴギィッ!!

物凄い音が薔薇の館の会議室に響いた。
バク宙でしっかりと着地したはいいものの、そこで足を滑らせて後方に転倒。
そこにあった障害物に思いっきり後頭部を強打したのだった。
流石にこれは無視できず、仕事を中断して江利子に駆け寄る一同。
「お姉さま、大丈夫ですか!?」
「あたたた……」
駆け寄る令に抱き起こされ、後頭部を押さえながら起き上がる江利子。
「大丈夫……頭にスゴイ響いて頭痛がするけど……」
「仕事もしないで遊んでるからそんなことになるんですよ、江利子さま」
由乃がここぞとばかりに文句を言う。
「一応保健室かなあ?」
「……私、何にぶつかったわけ?」
江利子のその言葉に、全員がその障害物を見やる。



―――その瞬間、世界が凍る。



江利子がぶつかった障害物は、その衝撃でテーブルに突っ伏していた。
全員が無言で息を呑む中、障害物がゆっくりとその体を起こしてゆく。
ゆるゆると数度頭を振ったそれは、椅子をガタンと鳴らして立ち上がる。
『ずざざざざっ!!』と音が出るほどの勢いで、
江利子と聖を除く全員が一瞬にして壁際まで離れた。
聖と江利子は顔面を蒼白にし、お互い抱き合って震えている。
そしてその障害物―――江利子同様に後頭部を強打した蓉子が振り返り、そして、

「江〜〜利〜〜子〜〜〜!!!聖〜〜〜〜〜!!!!」

憤怒のオーラを纏い、眼を真っ赤に血走らせた蓉子が叫ぶ。

「いい加減にしなさいあんたたちはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

『ギャーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!』


薔薇の館を揺るがす蓉子の咆哮と、怯えきった聖と江利子の叫び声が重なった。
その瞬間、弾かれたように三薔薇を除く全員が、会議室はおろか薔薇の館から逃げ出した。


「仕事の邪魔するなって言ったはずよ江利子ーーー!!!」

「お願い許して蓉子!これは事故なのよ!!!」

「聖も江利子の奇行に付き合うんじゃなーーーい!!!」

ごめんなさいマジ許してくださいもうしませんだから助けてーーーーー!!!

「天ッッッッッッ誅ーーーーーーーーー!!!!!」

『イヤーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』


これがよほどのトラウマとなったのか、
江利子はこの後二度とストリートダンスをやろうとはしなかったし、
聖もまた数ヶ月間に渡ってブレイクダンスの練習をすることはなかったという。
蓉子が二人にどういう仕置きをしたのか、聖も江利子も口を噤んで語らない。
しかし翌日から数日間、首と関節に痛みを訴える聖と江利子の姿を祐巳は目撃していたが、
我が身可愛さに追求することは決してしなかったという。





*あとがき*
書き下ろし第一号のSSです。
もともと江利子さま主役で一本書いてみたいなと思っていたので、
トラブルメーカーとして活躍していただきました。
久々に完全ブッ壊れのSSを書きましたね。
ちなみにこれ、シリーズ化するかもしれません。
蓉子さまのお仕置きは恒例化するかどうか迷っているところ。
恒例化しちゃうとマンネリになるし、何より江利子の体が持ちません(笑)。